瞳のプロフィール

出生

霊山にある代々300年以上続く古いしきたりのある旧家で生まれました。

代々その土地一帯を治めており、その様は歌にまで詠まれるほどでした。

家の敷地内には地蔵さまや稲荷さまが鎮中し、脈々と流れる厳しい家訓を受け継ぎました。

先祖代々、現在においても家のお風呂は霊山の蒔きで焚き、水は霊山の湧水を飲用しております。

幼少期

幼少期から厳格な両親に精神統一のため長時間の正座といった様な教育されていました。

辛くて口答えした時は夜中であろうがに閉じ込められたりもしました。

その時すでに、予知夢を見ては家族に話したり、見えないものと話していたり、また、家族内に体調が悪い人がいると悪い所に手を当てていたそうです。

思春期

思春期で多感になってきた頃のある日、私は部屋で学校の勉強をしていました。

ふと家族以外の気配を感じ窓に目を向けると、目を見開き忌々しい形相でこちらを見つめる血だらけの落ち武者の顔がありました。

落ち武者は少ししてから去りましたが、私は金縛りに合ったかのように動けませんでした。

別の日には夜中に数人の気配がしたので目を覚ましてみると、すでに体は金縛り状態に・・・

更に圧し掛かられたり、引きずられたり、時には首を絞められたりもしました。

あまりに怖くて家族に事情を説明して助けて欲しい事を切に訴えましたが、両親は何度も「そんな事は一切ない!」と掛け合ってくれませんでした。

私は霊が見えることに対して後ろめたい気持ちになり、一人で悩みを抱え込む様になりました。

この頃から、幾度となく怪我や事故に見舞われるようになりました。
交通事故で意識不明になり、私は長い暗闇を歩いていました。
突然、天から神々しい光がゆっくり降りてきました。

光の中から「おまえには為すべきことがある」と言われ、光が上がっていくのをみた後、再び目覚めました。

その後は、光の事は大して重要に考えずに過ごしていてました。
これを機に不運な事は家族にも見られるようになりました。

イラスト

霊山から溢れる聖気は、外出時に邪気をうけて弱っている体を浄化してくれますが、年々成長に伴い霊感は研ぎ澄まされ、遂には自分ではコントロールしきれなくなってしまいました。

外出すれば、周囲の人の心の声があちこちから耳に入り、他の人に憑いている霊や自縛霊が何か訴えるように集まって憑いてきたり、体には切腹のような跡や無数のみみずばれ、打ち身、原因不明の病気にもかかり、外出も間々ならなく苦悩の日々が続きました。

18歳になった頃、成長と共に強くなった霊感を自分でコントロール出来なくなっていた私は、以前より増して霊的なものからのよからぬ影響を受けていました。

それが原因で徐々に体調を崩し、精神的にもふさぎ込み、自暴自棄になった頃もありました。
ただ当時、私の周囲にはそれを理解できる者はおらず原因不明の病気や不慮の事故として捉えられていました。

しかしあまりにも頻繁に起こるため、家族も偶然ではない何かに気づき始めました。

そして霊的な問題を解決する能力を持つ人を方々探し回り、ようやく出会うことが出来たのが陰陽師でした。

日ごろ、世の中の表舞台に出ることの無い陰陽師とのご縁を持つことは至難の業でしたが、やっとの思いでたどり着けたのです。

陰陽師との出会い

類まれなる能力を持つこの陰陽師との出会いは私の生活を、いえ私自身を一変させました。

家の問題がほぼ解決した頃、陰陽師から今度は私の能力を人の為に役立てるべきだと修行することを勧められました。

その時、事故の際に光の中から聞こえた声が再び頭の中に響いたのです。

「おまえには為すべきことがある 人の役に立つことをせい」

あの言葉はこういうことだったのです。
その時にようやく気づいた私は修行の道に進むことを決心したのです。

こうして陰陽師に従事し教えを乞う内に、今までの数々の不思議な体験や疑問の原因が判り、目からうろこが落ちました。

長く閉ざしていた心を解き放ち、目の前が明るく開けた感覚でした。

この後、始まった自分の持てる力をコントロールするための修行は、筆舌に尽くしがたい程過酷を極めました。

それまで持っていた甘えは全く許されず、価値観そのものを一度捨て去り構築し直す必要があったのです。

しかし、辛く逃げ出したくなる度に、あの時頭の中に響いた言葉を思い出し、初めて現れた理解者の照らしてくれる道についていこうとの思いから頑張ってきました。

まだ私自身はその途上であり、修行の道は長く険しいものですが、少しでも皆様のお役に立つべく今も精進を続けています。

鳴り物 水晶